防災と持続可能な交通手段
目次
はじめに1.ESTの基本的な考え方と目標
2.ESTの具体的な取り組み事例
はじめに
気候変動による自然災害の激甚化や頻発化は、私たちの暮らしや社会経済に深刻な影響を及ぼしています。地震や津波、台風や豪雨、熱波や干ばつなど、さまざまな災害に対して、人々の命や財産を守り、社会の機能を維持するためには、防災・減災・復興の取り組みが不可欠です。
一方で、私たちの移動手段である交通も、気候変動の原因と影響を受ける側面があります。交通は、温室効果ガスの排出源として大きな割合を占めており、地球温暖化の加速に寄与しています。また、交通は、災害時に被害を受けやすく、移動困難や物流障害などのリスクが高まっています。
このように、防災と交通は密接に関係しており、両者を同時に考える必要があります。特に、環境的に持続可能な交通(EST)という概念が注目されています。ESTとは、気候変動の緩和と適応を目指しながら、社会経済の発展や人々の福祉を向上させるための交通体系です。
本記事では、防災と持続可能な交通手段について、以下の3つの観点から紹介します。
1.ESTの基本的な考え方と目標
ESTは、OECD(経済協力開発機構)が提唱した概念であり、日本では環境省や国土交通省などが推進しています。ESTは、以下の3つの柱から構成されます。
環境的に持続可能な交通システム
・温室効果ガスや大気汚染物質などの排出を削減し、自然環境や生物多様性を保全する
・災害時にも安全かつ迅速に移動できるようにする
・循環型社会や自然共生社会を形成する
・社会的に持続可能な交通システム
・女性や子ども、高齢者や障害者など、弱い立場にある人々のニーズを考慮する
・公共交通や自転車などの低コストで安全な移動手段を提供する
・地域間や国際間の連携や協力を促進する
・経済的に持続可能な交通システム
・エネルギー効率や資源効率を高める
・革新的技術やサービスを開発し、競争力を強化する
・グリーン成長やグリーンリカバリーを実現する
ESTの実現に向けて、日本では、以下のような目標が設定されています。
・2030年までに、温室効果ガスの排出量を2013年度比で46%削減し、50%削減の高みに挑戦する・2050年までに、温室効果ガスの排出量をネットゼロにする
・2030年までに、公共交通や自転車などの環境負荷の低い移動手段の利用率を大都市圏で70%以上、地方都市圏で30%以上にする
・2030年までに、自動車の新規販売台数の約100%を電気自動車(EV)や燃料電池自動車(FCV)などの次世代自動車にする
・2030年までに、バスやトラックなどの商用車の新規販売台数の約50%を次世代自動車にする
2.ESTの具体的な取り組み事例
ESTの推進を目指す地域に対して、国土交通省は、2007年度からESTモデル事業という支援制度を実施しています。これは、地域公共交通総合連携計画という地域の協議会が作成・実施する計画に基づいて、公共交通の利用促進や低公害車の導入促進などの取り組みを支援するものです。ここでは、ESTモデル事業の中からいくつかの事例を紹介します。
2-1 北海道・札幌市:エコバスプロジェクト
札幌市では、市内中心部で運行される路線バスを対象に、エコバスプロジェクトという取り組みを行っています。このプロジェクトでは、以下のような施策を実施しています。
・バス車両の電気化やハイブリッド化・バス停留所やバスターミナルの改良や整備
・バス専用レーンや信号優先システムの導入
・バス料金や乗り換え割引制度の見直し
・バス利用者への情報提供や啓発活動
このプロジェクトにより、以下のような効果が得られています。
・バス利用者数が増加し、自家用車利用者数が減少した・温室効果ガスや大気汚染物質の排出量が削減された
・バス運行時間が短縮され、運行安定性が向上した
・バス利用者や沿線住民からの満足度が高まった
・福岡県・福岡市:福岡市循環型社会形成推進プラン
・福岡市では、循環型社会形成推進プランという計画を策定し、以下のような取り組みを行っています。
・市内中心部で運行される路面電車の電気化やハイブリッド化
・自転車の利用促進や自転車道の整備
・カーシェアリングやカープールなどの移動手段の多様化
・廃棄物の減量化やリサイクル化
・再生可能エネルギーの導入や普及
このプロジェクトにより、以下のような効果が得られています。
・温室効果ガスや大気汚染物質の排出量が削減された・エネルギー自給率が向上した
・交通事故や渋滞が減少した
・市民の健康や環境意識が高まった
2-2 東京都・墨田区:墨田区EST推進計画
墨田区では、墨田区EST推進計画という計画を策定し、以下のような取り組みを行っています。
・スカイツリー周辺で運行されるコミュニティバスの電気化・隅田川沿いに自転車道を整備し、レンタサイクルを設置
・駅前や商店街に歩行者天国や歩道拡幅を実施
・地域住民や観光客に対する交通エコロジー教育や啓発活動
このプロジェクトにより、以下のような効果が得られています。
・コミュニティバスの利用者数が増加し、自家用車利用者数が減少した・自転車利用者数が増加し、健康増進や観光振興に寄与した
・歩行者の安全性や快適性が向上し、地域活性化につながった
・環境負荷の低い移動手段に対する理解や関心が高まった
3.ESTの普及展開に向けた課題と展望
ESTは、防災と持続可能な交通手段を両立させるための有効な手段ですが、その実現にはさまざまな課題があります。ここでは、主な課題と展望を以下のように整理します。
3-1 技術的な課題と展望
ESTを推進するためには、次世代自動車や再生可能エネルギーなどの技術開発や普及が必要です。しかし、これらの技術は、現在のインフラや制度との整合性やコスト面で課題があります。例えば、次世代自動車は、充電スタンドや水素ステーションなどの設備が不足しており、利便性が低い場合があります。また、再生可能エネルギーは、発電量が不安定であったり、送電網との調整が難しかったりする場合があります。
これらの課題を解決するためには、以下のような取り組みが必要です。
・次世代自動車や再生可能エネルギーに対する補助金や減税などの支援策を強化する・次世代自動車や再生可能エネルギーの導入に適したインフラや制度を整備する
・次世代自動車や再生可能エネルギーの性能や安全性を向上させる
・次世代自動車や再生可能エネルギーの普及に関する情報提供や啓発活動を行う
3-2 社会的な課題と展望
ESTを推進するためには、人々の移動行動やライフスタイルの変化が必要です。しかし、これらの変化は、人々の慣習や価値観と衝突する場合があります。例えば、自家用車は、便利さや快適さだけでなく、ステータスや自由さといった心理的な要素も持っています。また、公共交通や自転車は、時間や距離に制約があったり、安全性や清潔感に不安があったりする場合があります。
これらの課題を解決するためには、以下のような取り組みが必要です。
・自家用車の利用制限や課金などの規制策を導入する・公共交通や自転車の利用促進や魅力向上などの施策を実施する
・自家用車以外の移動手段に対するメリットやデメリットを明確にする
・自家用車以外の移動手段に対する理解や関心を高める
3-3 地域的な課題と展望
ESTを推進するためには、地域ごとの特性やニーズに応じた対策が必要です。しかし、これらの対策は、地域間の格差や協力が課題となる場合があります。例えば、都市部では、交通量が多くて渋滞や騒音などの問題が発生しやすい一方で、公共交通や自転車などの代替手段が豊富です。一方、地方部では、交通量が少なくて環境負荷が低い一方で、公共交通や自転車などの代替手段が不足しています。また、地域間では、交通政策や資源配分に関する意見や利害が対立する場合があります。
これらの課題を解決するためには、以下のような取り組みが必要です。
・都市部と地方部で異なるESTの目標や指標を設定する・都市部と地方部で異なるESTの施策や事業を実施する
・都市部と地方部で相互に学びあったり協力したりする
・都市部と地方部で共通のESTのビジョンや理念を共有する
まとめ
ESTは、防災と持続可能な交通手段の両立を目指すだけでなく、社会経済の発展や人々の福祉の向上にも寄与する可能性があります。ESTは、私たちの移動行動やライフスタイルに変化を求めるものですが、その変化は、私たちの未来にとってより良いものであると信じています。ESTは、私たちのチャレンジであり、チャンスでもあります。私たちは、ESTを推進することで、防災と持続可能な交通手段を実現し、より安全で快適で豊かな社会を築いていきたいと考えています。